圍繞著一件雨衣的小說風斷片

作者: nono0520 (和米基喝杯咖啡)   2016-07-14 21:08:17
村上春樹1981年寫的(像小說的)文章,這篇村上春樹作品集未收錄,也完全查不到資料,
讀過的人應該非常非常少(包含日本讀者),可以算是一篇被遺漏掉的短篇,原刊行的雜誌
『男子專科』最近公開全文,我們才知道原來村上寫過這樣一篇短篇,文章中從一個場景
擴張開來的小說寫法,村上春樹真的也是這樣創作,《黑夜之後》、《人造衛星情人》都
是這樣寫的。
http://danshi-senka.com/wp-content/uploads/2016/06/160610_3.jpg
http://danshi-senka.com/wp-content/uploads/2016/06/160617_3.jpg
http://danshi-senka.com/wp-content/uploads/2016/06/160627_1.jpg
http://danshi-senka.com/archives/499
一着のレインコートをめぐる小説風断片 / 村上春樹
例えば小説を書く。
もちろんちょっとしたスケッチでもいい。これなら簡単た。頭の中にふと浮かんだひと
つのシーン、それで十分だ。
例えば・・・・・・登場人物は1人の男、外は雨。季節は11月、秋の終わりの雨だ。そ
れは氷のように冷やかな冬の雨でもなく、思わず手のひらに受けてみたくなるような温
かい春の雨でもない。とにかく、それは11月の雨だ、まずそこから始めよう。
雨は休みなく降り続いていた。いったいいつから降り始めたのか、誰ひとり覚えてはい
ない。そんな雨だ。最初の水滴が微かな予感のように音もなく地上に舞い下り、長い時
間をかけて雨へと変わっていった。人々が気づいた時にはアスファルトの舗道はすでに
黒く染まり、ところどころに小さな水たまりさえ作り出していた。それは1枚のカーテ
ンのように、ひとつの季節を区切る雨だ。
広い草原のまんなかにぽつんと車を停め、一人ぼっちで温かいスープでも飲みながら眺
めたくなるようなタイプの雨だな、と彼は思う。きっとテレビのコマーシャル・フイル
ムにでもなったような気がすることだろう。悪い気分じゃないかもしれない。しかしも
ちろん、彼のいる場所は広い草原のまんなかなんかじゃない。彼を取り囲んでいるのは
多くの人々が長い時間と膨大な労力を注ぎ込んで築き上げたコンクリートの巨大な迷路
だ。都市---自動ドアとエア・コンディショナーとパーキング・メーターの壮麗な歓
楽宮。
彼はウエイトレスの運んできた2杯目のコーヒーに口をつけ、そしてなかば反射的に腕
時計を眺める。4時15分。
これがシーンだ。
このシーンが語っているものは、11月、雨、都会、喫茶店、夕方、そして男をくるんで
いる軽い倦怠感・・・・・・そんなあたりだ。
次に小説が為すべきことは、この男への肉づけだ。彼は何歳で、どんなタイプの男で、
いったい何を考えているのだろう? 急ぐことはない。プラモデルを組みたてる時のよ
うに細かい部分からゆっくりと始めよう。
まず最初に、コートだ。
彼の座った隣りの席には、雨の色に染まったレインコートがぽつんと置かれていた。シ
ートが濡れないようにライニングを表にして小さく折り畳まれたレインコートの姿は、
まるで年老いた小動物のように見える。きっともう10年は使い込まれているのだろう。
ぶ厚いベージュの中にうっすらとかすんだ白が混じり、肩口には脱けがらのような奇妙
な温かみが漂っていた。気持のよいくたびれ方ではあるにしても、くたびれていること
に変わりはない。一流ホテルのクローク係なら、5ミリくらいは眉をしかめそうなコー
トだ。
しかしそのコートはぴったりと彼の体に馴染みそうに見えた。別な見方をすれば、その
コートは彼そのものだと言うこともできる。歳月かゆっくりと彼を擦り減らせてきたよ
うだった。歳は28から33。そのうちのどれを言われても、殊に反対する理由もない。あ
なたは目をつぶってカードを引く・・・・・・31、それが彼の歳だ。まるで何かの記念
品のようにアドレセンスの影を引きずりつづけ、ある日それがプツンと切れてしまった
ことに気づく。そんな歳だ。
・・・・・・これがコートだ。書きながら、僕にもこんなコートがあればいいな、と思
う。そしてそのコートのことを少し考えてみる。それも文章を書くことの楽しみのひと
つだ。きっとハンフリー・ボガートが着ていたような大柄のトレンチ・コートに違いな
い。フラップつきの大きなポケットがついていて・・・・・・ポケット?
そうだ、ポケットの中にはいったい何がはいっているんだろう。もちろん表からは見え
やしないけれど、がっかりすることはない。 コートのポケットをひっくりかえす、そ
れたけのことだ。例えば・・・・・・
男はもう一度腕時計を眺める。4時22分。とりとめのない奇妙な時間だ。人は午後4時22
分にいったい何をすればいいのだろう。酒を飲み始めるにも、髭を剃りなおすにも早す
ぎる。夢を見るには遅すぎる・・・・・・おそらく。
彼は何分か迷ってから、脇に置いたコートを手に取ると、両方のポケットに手をつっこ
んで中身をガラスのテーブルの上にあらいざらい並べてみる。まるで死体を漁っている
ようだな、と彼は思う。それも自分自身の死体、まだ微かな温もりの残った死体だ。ま
あ、いいさ。死ぬのは怖くなんかない。嫌なのは雨と、この夕暮前の一刻だ。彼は一度
だけ頭を振って、テーブルの上に意識を集中する。
まず最初に茶色いコードヴァンの札入れ、中には何枚かの札と名刺が無造作につっこま
れている。たいした額の金ではない。女の子と2人でホテルのバーにでかけて2時間ばか
り気持よく酒を飲み、彼女をタクシーで家まで送り届ける、その程度の金だ。
次に飾り気のない銀メッキのキー・ホルダー。25歳の誕生日のちょっとした記念品だ。
そこにはアパートの鍵、そしてわけのわからない(本人でさえ用途を忘れてしまったよ
うな)ふたつの古い鍵。何処かで鍵穴を喪失してしまった2本のモニュメントだ。
長い間使い込まれてきた黒いビニールの手帳と細いシャープ・ペンシル。音楽会の半券
が2枚。そしてバラバラの小銭。白いハンカチが1枚。
彼は小銭を何列かにきちんと並べ、残りの品物をもう一度コートのポケットに収める。
そしてコートを丁寧に折り畳み、椅子の上に戻す。
4時28分。彼は小さなため息をつき、無意識に肩をすくめる。
さて、これがボケットの中身だ。めぼしいものがあるわけではない。そこにはいってい
るものはささやかな生活の匂いだ、おそらく彼はそれほどの金持ちではないだろう。も
っとも貧乏なわけでもなさそうだ。趣味だって悪くはない。少なくともルイ・ヴィトン
の札入れを持ち歩くというタイプじゃない。自分なりの世界でそっと生きつづけ、他人
に対してうまいことばがみつからないままになんだか疲れてしまった。そんなあたりか
もしれない。
ガールフレンドが1人いるかもしれない。コンサートの半券が2枚、おまけに同じもぎり
方だ、そして2人ともお互いに少しくたびれ始めているのかもしれない。彼はあまりに
も雨を気にしすぎるし、あまりにも時計を眺めすぎる。
4時35分、彼は片手に小銭を握り、レジスターの脇の赤電話に向かう、そしてダイヤル
を回す。何百回と回してきたナンバーなのに、まるでとりかえしかつかないほどもつれ
てしまった数字のかたまりのような気がする。何回かベルが鳴るあいだ、彼は胸のポケ
ットから煙草を取り出し、湿っぽい紙マッチで火を点ける。煙草までがどこかで湿って
しまったような味がした。
ベルは沈黙の中で際限なく鳴りつづける。7回、8回、彼はべルの数を数えながら自分の
足もとを眺める。朝にはしっくりに足に馴染んでいたキャメルのデザート・ブーツは雨
に濡れて黒く染まり、洗ったばかりのコーデュロイのズボンはすでに膝が抜けかけてい
た。まるで他人の足みたいじゃないか。
11回、12回・・・・・・
いや、結局はこれが俺の足なんだ。俺はこの足で、これからどれだけの距離を歩かなき
ゃならないんだろう。
15回までベルの音を数えてから、彼はそっと受話器を置く。
通りではまだ雨が降りつづけていた。弱まるわけではなく、かといって強くなるわけで
もない。のばされた思い出のように、雨はこのまま永遠に降り続のくかもしれない。
まるで水族館の中にいるようだな。彼はふと、子供の頃に何度も通った近所の水族館の
光景を想い浮かべる。人通りの途切れた暗い水族館の通路だ。冷やりとした水槽のガラ
ス窓に何度も頬を押しつけてみたっけ・・・・・・。
信号が青に変わり、彼は歩き始める。傘はどこかに置き忘れてしまったようだった。両
手はまるで呪縛にかけられたように、コートのポケットの中にすっぽりと収められてい
た。不思議だ、よりによって雨の日に傘を忘れちまうなんて。
街は芯までぐっしょりと濡れていた。そして歩くにつれて彼のレインコートも黒みを帯
びていくようだった。草原のまんなかに辿りつく前に、俺の体はきっとこわばって、こ
のまま雨の街に閉じこめられてしまうのかもしれない、と彼は思う。
信号が赤に変わり、彼は立ち止まって口に煙草をくわえる。迷路のようなコートのポケ
ットから紙マッチを取り出すまでに、ずいぶん長い時間がかかった。

Links booklink

Contact Us: admin [ a t ] ucptt.com